『ねずみの初恋』礼門(レモン)がペトロになるまで、“友だちが二人できました”の意味

ねずみの初恋・ペトロ(レモン) 連載中
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この記事は『ねずみの初恋』連載中エピソードを含む内容について、物語の展開やキャラクターの過去・運命に触れています。最新話まで読了済みの方を対象としています。

“ペトロ”という名を与えられた黒焦げの少年は、『ねずみの初恋』の中でも特異な存在です。あだ名やコードではなく、固有の名前で呼ばれる彼の登場が、物語の空気を決定的に変えていきます。焼けただれた姿、他人事のような口ぶり、そして“ねずみ”だけに執着する理由とは――?

この記事のポイント
  • ペトロ初登場時の異様な姿と空気の変化
  • 礼門(レモン)という本名に秘められた過去
  • 「友だちが二人できました」が示す残酷な真実
  • ヒソクとの関係が生んだ“ペトロ”という役割
  • ねずみと碧の物語に差し込まれた影と痛み
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ペトロという存在が物語に与える衝撃

ねずみの初恋

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ペトロの登場は、『ねずみの初恋』の空気を一気に塗り替える転換点となりました。第40話「黒」で初めてその姿を見せた彼は、全身黒焦げという異様な外見で読者の目を釘付けにしました。火傷の痕や丸い目、他人の言葉をなぞるような口調からは、彼の異常な過去がにじんで見えます。

物語序盤で描かれていたのは、殺し屋として育った少女・ねずみと、純粋な青年・碧との儚くも穏やかな恋だった。しかしペトロの登場以降、物語は一気に不穏な空気へと傾いていきます。「覚えていますか」と繰り返す台詞や、ねずみへの執着には、過去の因縁を思わせる重さがにじんでいました。ペトロは単なる敵役ではなく、主人公の内面や記憶に結びついた存在として描かれていました。

特筆すべきは、登場時点で彼の名前がすでに明かされていた点です。「レモン」「礼門」といった本名や、延辺(えんぺん)で過ごした少年時代が後の話数で描かれたことで、ペトロがコードネームではなく固有の“名前”を持つ存在である点が際立っていました。これは彼が単なる“加害者”や“敵役”ではなく、ねずみの物語に深く交錯する“もう一人の主人公”のような位置にいることを暗示しているとも考えられます。

ペトロの登場は、ねずみの過去と現在を結びつける鍵のような役割を果たしています。恋愛中心だった物語に、過去の闇や人身売買という重いテーマを突きつけ、読者に強い印象を残す存在となりました。「ペトロ」という名前の裏にある過去と罪。その出発点は、「レモン」と呼ばれていたひとりの少年の姿に重なります。

  • 恋愛中心だった物語が一気に暗転
  • ペトロの外見・口調が強烈な印象を与える
  • 「名前を持つ存在」としての異質さが際立つ
  • ねずみの過去と現在を結ぶ存在として機能

初登場シーンと異様な姿

ペトロが初めて姿を見せたのは、第40話「黒」。このエピソードのタイトルが象徴するように、登場と同時に作品の雰囲気が一変した。全身を覆う火傷の痕、ひび割れた皮膚、そして大きく見開かれた丸い目。その異様なビジュアルは、視覚的なインパクトだけでなく、読者の不安や緊張感を一気に引き上げる演出として機能していた。

静かに現れたことで、むしろ不穏さがいっそう際立つ印象を与えた。名乗りはせずとも、すでに「ペトロ」という名が与えられていた彼は、曖昧な記憶の中でねずみの名だけを執拗に呼び続けました。偏った記憶のあり方からも、ねずみだけが特別な存在だったことが伝わってきます。

また、彼の口調や行動には、誰かの命令に従うような機械的な雰囲気も感じられる。彼の“工作員としての過去”をほのめかす描写であり、単なる奇人ではないことがすぐに伝わる構成になっていました。

この初登場シーンは、物語の中でも特に印象的な場面のひとつです。恋と暴力の間を揺れていた物語に、“人ならざるもの”が現れたことで、ペトロの異質さは、物語の奥深くに染み込んでいきます。

本名「礼門」と過去のつながり

時期 呼び名 使われた場面・意味合い
幼少期(延辺での生活) レモン 友人スサムやタビタに呼ばれていた愛称。無邪気に過ごしていた少年期を象徴する名。
ペトロ ヒソクから与えられた呼称。仲間を売る役割を担わされ、子どもでありながら“工作員”として利用される記号的な名。
過去(監禁や地下組織の時代) 礼門 本来の名前として登場。監禁施設で呼ばれており、組織の命令に従わざるを得なかった時代と結びつく。
本編(物語の現在) ペトロ 黒焦げの少年として登場。ねずみに執着する姿で描かれ、組織のコードネームでありながら彼自身の象徴的な名となる。

ペトロという名で登場した黒焦げの少年には、本名があります。それが「礼門(れもん)」です。初めてこの名前が明かされたのは、水鳥の回想に登場した監禁施設での出来事でした。水鳥と共に監禁されていた少年の名が「礼門」であったことが、後に判明する。ここから物語は、ペトロ=礼門という線で一気に過去と現在がつながり始めます。

礼門という存在は、幼少期を中国・延辺で過ごしていた。当時は「レモン」と呼ばれており、少年スサムや少女タビタとごく普通の時間を過ごしていた。しかし、後に彼らを密航へと誘い、結果的に人身売買の渦に巻き込む。その陰にはヒソクという大人の存在があり、礼門自身もまた、彼に利用される立場でした。誰かを裏切るような立場にいながら、それを拒む力も年齢も持ち合わせていなかったのでしょう。

こうした背景を知ったとき、ペトロという異形の少年が「敵」として登場しただけの存在でないことが、より鮮明になる。彼は加害者でありながら、かつては“利用される側”でもあったのです。その始まりには、「礼門」という名前を持つひとりの少年の姿がありました。加害と被害の両面を背負っているからこそ、彼の存在は物語の中で異質さと痛みをいっそう際立たせています。

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「レモン」と呼ばれた少年が「ペトロ」となった理由

ねずみの初恋・延辺イメージ

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延辺で「レモン」と呼ばれていた少年が、「ペトロ」という名で再び姿を現した背景には、人身売買の現実と、ヒソクという男との関係が深く関わっています。

第66話では、幼い頃のレモンがスサムやタビタと過ごす姿が描かれた。どこにでもいそうな三人の子どもたちは、友情を育みながら、未来への希望や不安を語り合っていた。しかしその日常は、レモンが密航の知識を提供した瞬間から裏切りへと転じます。密航先で待っていたのは、臓器売買を目的とする地獄でした。

このとき、彼に密航を指示していたのがヒソクでした。レモンは「友達が二人できました」と報告し、ヒソクに「ペトロ」と呼ばれていました。「ペトロ」という名は、彼が子どもを売る側の“工作員”として利用されていたことを物語っています。名前を与えられるのではなく、記号として機能させられる――その非人間的な扱いが、「レモン」から「ペトロ」への変化の根底にあります。

子どもたちを売った罪悪感はあったものの、ヒソクに「あなたが苦しまなくていい」と言われて頭を撫でられたことで、その思いは薄れていったようにも見えます。人を裏切ることに慣れていく過程で、彼は「レモン」という名前を捨て、「ペトロ」として生きるしかなかったのだ。

「ペトロ」という名前は、表向きには冷酷な敵役としての仮面をまとっています。しかしその背後には、“名前を持っていた頃の自分”を忘れた少年の、悲しみと罪悪感が静かに沈殿しています。

幼少期の延辺での記憶とレモンの名

ペトロがかつて「レモン」と呼ばれていた記憶は、第66話で描かれた延辺での回想に残されています。少年時代の彼は、眼鏡をかけたスサム、しっかり者のタビタと親しく過ごしており、当時の姿は今の彼からは想像もつかないほど無邪気でした。エッチな雑誌を回し読みするような年相応のやりとりもあり、その姿にはどこか微笑ましさすら感じられます。

しかし、延辺という土地にはすでに暗い影が差していました。スサムが遺伝系の病気で2年以内に失明するかもしれないという告白を受けたことで、友人たちは将来への不安を抱えるようになります。そんな中、レモンは「ソウルには難病の子ども向けの特別支援制度がある」と話し、タビタが「密航しちゃう…とか…」と冗談のように提案します。するとレモンは、自分も密航してきたことを明かし、その手段を語り始めたのです。

こうして彼らの間に密航という選択肢が現実味を帯びていき、結果としてスサムとタビタは地獄のような運命に巻き込まれていきます。それがレモン自身の意思だったのか、ヒソクの命令によるものだったのかは定かではありません。

「レモン」という呼び名が、当時の友人たちにとってごく自然な名前だった点も印象的です。それにもかかわらず、のちに彼は「ペトロ」と呼ばれる存在へと変わっていきます。この変化は、彼の記憶と罪のゆがみを象徴しているように映ります。友達を裏切った過去、それによって自身の名すら“忘れるべきもの”となってしまったのかもしれない。

「レモン」という名には、罪の始まりと、彼がまだ人間らしさを保っていた頃の記憶が刻まれていたのです。そうした記憶の断片が、物語後半で彼の苦悩や葛藤としてにじみ出ているように見えます。

ヒソクとの関係と人身売買の現実

ヒソクは、レモンがペトロへと変わる過程に深く関与していた人物である。延辺での回想シーンでは、レモンが「友達が二人できました」と報告する場面が描かれ、そしてヒソクは、彼を「ペトロ」と呼び始めます。この名付けは、単なる呼称変更ではなく、彼を“子どもを売る側”へと組み込む儀式のように描かれている点が印象的です。

ヒソクの存在は決して表面的な悪役ではない。彼はレモンに対して「あなたが苦しまなくていい」と語りかけ、頭を撫でている。この仕草は、父性や庇護を装っているように見えても、その実態は支配や洗脳に近いものだったといえます。善悪の感覚すら歪めるような関係が、ペトロという人格を形づくっていったのかもしれません。

また、『ネズミの初恋』は人身売買の構造を、あえて生々しく描いています。子どもたちは貨物船に密航させられ、ベトナムのブローカーに引き渡された後、臓器や身体の各部位を売られる予定だった。すべてを知りながら船に手を振るレモンの姿には、加害者としての側面と、巻き込まれた子どもとしての苦しさが入り混じっています。

ヒソクは、ペトロが人間としての扱いを失った原点であり、避けられない過去でもある。この関係が、彼に“名前”ではなく“コード”を与えるという意味で、人格そのものを切り離していく行為だったのです。

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ペトロ登場回を巡る人々の反応

66話は言葉が追いつかない衝撃。とにかく「やばい」の一言。

胸が悪くなるほど残酷なのに、目を離せないほど美しい。

展開が難解で理解しづらい。特に中盤の流れと碧の変化が呑み込みにくい。

「急に地獄に落とす」ような落差がクセになる。

序盤から胸糞の連続だが、奇妙な魅力がある。

残酷描写がきつく、救いがあるのか不安。

ねずみと碧の物語に影を落とす存在

ねずみの初恋・雨上がり

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ねずみの過去に深く関わる水鳥と豚の内面にも迫った考察はこちら

ねずみと碧の物語は、当初「純粋な恋と逃避行の物語」として進行していた。殺し屋として育てられた少女・ねずみと、何も知らない普通の青年・碧が出会い、ともに暮らし始める。暴力の影が差しながらも、ふたりの生活には穏やかな時間が流れ、読者にもわずかな希望を抱かせるものだったのです。

しかし、その空気を最も強く壊したのがペトロの登場だった。彼はただの新キャラクターではない。ねずみの過去と交差し、碧の安全を脅かし、物語全体を暴力と過去の罪で塗り替える存在として、物語の芯に食い込んでくる。碧に向ける視線や言動には敵意や妬みがにじみ、ねずみに対する独占欲まで感じさせます。

ペトロは、ねずみを「過去」へと引き戻そうとする象徴的な存在でもあります。彼女が碧と築こうとした未来を壊す存在であり、その姿は彼自身の“罪”の構造とも重なって見えます。かつて人を売った彼が、今度は人の心を壊そうとしているようにも見えます。

碧という存在が示す「普通の幸せ」と、ペトロが背負う「壊れた過去」の対比。そのせめぎ合いこそが、ねずみというキャラクターを引き裂いていきます。ペトロの登場によって、物語は恋愛にとどまらず、赦しや救済、過去との決別といった重いテーマへと広がっていきます。

だからこそ、ペトロは物語に寄り添う「影」のような存在として、静かに読者の心に残っていくのです。

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